労役を選択
レンタカー会社の客の違反金肩代わりと言う記事を紹介しましたが、こんな記事も見つけてしまいました。
『ニッポン密着:労役場、強制収容 26歳、罰金払わず60日間
◇「全部から逃げていた」
東京拘置所(東京都葛飾区)。ジョージ(26)=通称=は緑色の囚人服に身を包み、コンクリートの壁に囲まれた3畳半の独居房にいた。消灯時間の午後9時を過ぎると、慣れ親しんだ渋谷センター街のざわめきが脳裏に浮かぶ。量販店が流す大音量の音楽、女子高生のけたたましい笑い声、「何が欲しい?」とささやく薬物密売人の片言の日本語……。薄い布団の中で繰り返し考える。「1万円でもいい。誰かおれのために罰金を払ってくれ」
ジョージは昨年6月に「労役場留置」された。1日5000円換算で期間は60日間。きっかけは06年12月、クリスマス間近の渋谷での出来事だった。知人男性と酔って歩いている時、通行人の男性とぶつかった。もみ合ううちに相手の目尻が切れて出血し、逮捕された。傷害罪で30万円の罰金を命じられたが支払わず、強制的に入れられた。
午前7時の点呼から1日が始まる。答えるのは名前ではなく番号。毎日8時間、買い物袋などの底に敷く中敷きの枚数を数え、輪ゴムで束ねる単純作業が続く。横になることも立つこともできず、じっと座ったまま灰色の鉄の扉に向かい、手を動かす。風呂も運動も1人。他の人と話す機会はほとんどない。
周囲は40~50代が多かった。70代とみられる白髪頭で腰が曲がった男性が「しっかり働け」と刑務官に怒鳴られている姿も見た。あちこちで聞こえる怒鳴り声をうつむいて聞くのが日課だった。
当時の日記の一節。
「労役工場には誠意で話してくれる人は1~2人しかいない。罪を犯すと人間としてもあつかってもらえないのか。明日、(友人に)速達で手紙を出して、1週間以内で連絡が来るかな。『罰金代、貸してやるよ』なんて云(い)われたら、この世で一番嬉(うれ)しいことだ」
実際に面会や手紙で頼んだが、「罰金代」の援助はなかった。
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労役場留置された理由はさまざまだ。
茨城県の男性(57)は02年11月、スピード違反1回と駐車禁止2回の計3回25万円分を労役で償った。
26歳年下の妻と4カ月の長男を残しての労役だった。テキ屋の仕事で貯金は50万円あったが、その後の生活と子供のために、どうしても手をつけられず労役を選んだ。飲酒運転で事故を起こし、仕事も財産も失ったという50代の男性が涙にくれる様子も留置先で目にした。
何度も交通違反したことへの反省のため「志願」した人もいる。東海地方に住む大学研究員の男性(29)は、大学院時代にスピード違反などによる罰金9万6000円分の労役を経験した。理由を聞かれた刑務官にはあきれられたが、「例えば30万円の罰金では普通の人なら払えてしまうが、恨みや悔しさが残るだけ。繰り返し違反している人は、1度入るべきだ」と思う。
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銀座で飲食店を経営する裕福な家庭に生まれたジョージは、4歳から「お受験」のため塾に通うような生活で、有名私立大学の系列小学校に入学した。6歳からフィギュアスケートに打ち込んだが14歳の時、練習と学業の両立の要求に耐えられず学校を休みがちになり、公立中学に転校した。結局、渋谷をたむろするようになり、薬物にも手を出して依存症になった。
逮捕当時は家の仕事を継ごうと、父の知人が経営する飲食店で働いていた。週6日、午前10時~午後6時。生活費は主に父の仕送りに頼っていたが、逮捕で仕送りがストップされた。泣きついて罰金の30万円はもらったものの結局、払わなかった。友人の家を泊まり歩くなどしていて、罰金の督促状が来たかも分からない生活だった。
労役を終えて9カ月。千葉県袖ケ浦市の薬物依存者のリハビリ施設「日本ダルク トゥディ・ハウス」で治療に専念しているジョージは、労役中の日記を今も大切にしている。ピンク色のB5サイズ。表紙には「遺書」と大きく書かれている。
「父や周囲を恨んでた。全部から逃げていたと思う。金も家も友達も全部なくした今が、人生で一番つらく、苦しい」
三つの目標を立てた。好きな飲食業の仕事に就くこと。趣味のギターをもう一度始めること。そして、父にこれまで援助してもらった分を1万円ずつでも返済することだ。
「逃げている」若者がいま、どれくらいいるのだろう--。【伊藤絵理子】
毎日新聞 2008年5月11日 東京朝刊』
この選択をどう考えるかは各々が考えればいいことだと思います。
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