ようやく、でも…
阪神淡路大震災で、全壊認定を受けたマンションの再建がようやく完了と言うニュース。
阪神大震災で被害を受け、建て替えか補修かを巡って住民が対立し、再建が難航していた神戸市灘区のマンションが、13年ぶりに建て直され、入居が始まった。
震災時の住民のほとんどは生活拠点を移し、178世帯のうち、「わが家」に戻れたのは約2割の36世帯。新たに住宅ローンを組んだ住民が多く、高 齢のため再入居を断念した人もいて、それぞれの思いは複雑だ。兵庫県によると、神戸市内の被災マンションの再建はこれが最後となり、一つの〈節目〉を迎え た。
◆ローン「頑張る」◆
以前のマンション「六甲グランドパレス高羽」は外壁に亀裂が入るなどして、「全壊」と判定された。1997年に管理組合総会で建て替えが決まった が、補修を主張する住民が同年、決議の無効確認を求めて神戸地裁に提訴。2003年、最高裁で決議の有効性が認められ、ようやく06年末から再建が始まっ た。
新マンションは14階建ての3棟で計170戸。名称は「グレイスビュー六甲山手」に変更され、全戸が完売した。総事業費は約52億円で、うち約9 億円は国などの補助で賄われた。公的支援で再建する方法の一つとして、県住宅供給公社が土地・建物を買い取って再建、住民に再譲渡する方式が取られた。
鍵渡し後の週末となった29日、坂本憲治さん(66)と典子さん(63)夫婦はマイホームに戻り、「わくわくして昨晩は眠れなかった」と感慨深そうに新居を見渡した。
ともに地元出身で、ついの住み家に、と1980年にグランドパレスを購入した。被災後、退職金で市内の中古マンションを買ったが、「どうしても落 ちつけなかった」。新たに組んだ住宅ローンは1800万円。返済は大変だが、憲治さんは「夫婦で働いて、頑張るしかない。一緒に再建を目指してきた人たち に感謝したい」と話した。
◆もう70歳…無理◆
一方、神戸市須磨区の復興住宅で暮らす
佳三さん(69)は、「戻りたい」という妻を説き伏せ、再入居をあきらめた。 納
マンションは、最寄り駅から約1・5キロの丘の上にある。「70歳になってあの坂を上るのは無理だと思った」と納さんは言う。再建組合の理事として奔走してきたが、「再建を願った住民の中には、亡くなった人もいる。13年は長すぎた」と漏らした。
(2008年11月29日16時37分 読売新聞)』
震災より13年はやはり長すぎたと思いますね。当時の住民の方々にそれぞれの事情もあったでしょう。元の住み処に戻ることが出来た方も出来なかった方とも、この13年という年月を噛みしめていらっしゃるでしょう。
ただ阪神淡路大震災が契機になり、分譲マンションの再建ということについて真剣に考えられるようにもなりました。ただその方法が果たして本当にスムーズに進むのかと言うことは、今後このような大地震が発生してみないと分からないとも言えるのですが…
今や日本で分譲マンションと呼ばれる建物に居住する人の数は1300万人と言われています。日本の人口の1/10が分譲マンション住まいということ。
それだけに区分所有者間の日頃のコミュニケーションなどを緊密に取っておく必要があるように思いますね。
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